「早くたいようへ帰りたい」胃ろうを選ぶまでの意思決定支援
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「早く、たいようへ
帰りたい」

その一言のために、私たちがしたこと ― 胃ろうを選ぶまでの意思決定支援と521日間の記録

看多機たいよう堺東(大阪府堺市堺区) / 公表 2026年9月3日

「一刻も早く、たいようへ帰りたい」

この記事は、お看取りの記録ではありません。

当施設が公開してきた実践報告は、これまですべて、最期までを支えた記録でした。今回は違います。I氏(仮称)は今も当施設で暮らし、今日もお粥を召し上がっています。

けれど数か月前、その未来は当たり前ではありませんでした。誤嚥性肺炎で入院され、病院からは経鼻チューブまたは中心静脈栄養での療養病院への転院が示されていました。

521関わりの期間(継続中)
1,996介護・看護の記録
104入浴の実施

帰ってきた日から、521日

I氏は80歳代の女性です。30年以上前にパーキンソン病を発症され、動作は緩慢で、手には震えがあります。身寄りはなく、ご親族とも疎遠で、成年後見人が生活と財産の管理を担っておられます。

もともとは当法人のサービス付き高齢者向け住宅で暮らしておられました。入院を経て、看護体制のある当施設へ。入居された日、以前の住まいのスタッフが何人も面会に来てくれました。記録には「安心されたのもあるか、訪室時多弁」とあります。

そこから今日まで、521日。

数字で見るケアの実際

期間521日(継続中)
介護・看護の記録1,996件
体温の測定926回
水分摂取の記録1,535件
入浴の実施104日
関わった職員数33名

最初の課題は、便でした

入居当初、私たちが最も多くの時間を費やしたのは、排便でした。

パーキンソン病では腸の動きも鈍くなります。硬い便が直腸に留まり、ご自分では出せません。記録には「粘土のような便」「小石のようなもの」という表現が繰り返し出てきます。

浣腸を行った日は201日。摘便を行った日は64日

処置の最中、I氏は「痛い、痛い!」と声を上げられました。終わったあとには、こうおっしゃいます。

大きい声出してごめんな、ありがとう

別の日には、こうも。

こんなんしてくれてありがたいわ

腹部を温める。入浴時の腹圧を利用する。緩下剤の量を毎日調整する。この地道な積み重ねで、I氏の日々は少しずつ楽になっていきました。多量の排便があった日の記録には、こうあります。「気分がいいのか、フロアでは上機嫌で歌を歌ったり、スタッフとお話ししたり、笑顔多く、多弁にて経過」。

ご自分のスプーンで

入居時、食事はムース食で、口へ運ぶことも介助が必要でした。それでもI氏は「普通のごはん食べたいわ」とおっしゃいます。

職員は自助食器を取り寄せました。取っ手の付いた器。ストローを挿せるコップ。ゆっくりですが、ご自分で食べられるようになりました。

自分で食べたほうが美味しい
迷惑かけとったらあかんから自分で頑張って食べてるねん。うまくいかんけどな

そう笑っておられた記録が残っています。体重は入居時の46.4kgから、1年後には51.8kgまで戻りました。

化粧水と、乳液と

お風呂の日、洗体と洗髪のあとに職員がしていたことがあります。顔に化粧水と乳液を塗り、フェイスマッサージをする。

ある日は、髭を剃ってほしいと希望されました。ある日は「顔がひりひりするから化粧水塗ってほしい」と。ある日は車椅子の上で「髪の毛とかして」と言われ、鏡の前で髪を梳かしました。

散髪の順番が来ると聞くと、「もう行こうかな」と順番より先に車椅子へ移りたがられました。散髪のあと、記録は「嬉しそうな表情浮かべられる」と結ばれています。こうした整容の記録があった日は、53日にのぼります。

秋のある日には、リクライニング車椅子でかつて暮らしておられたサービス付き高齢者向け住宅まで散歩に行きました。元のご近所さんと、楽しそうに談笑されたそうです。

そして、誤嚥性肺炎

入居から1年2か月が過ぎた6月。数日前から喘鳴が強くなっていました。吸入薬を使っても消えません。夜勤の看護師は、呼吸の様子を細かく記録に残しています。「胸鎖乳突筋を使った努力呼吸あり」「酸素飽和度の低下や全身のチアノーゼが生じるのであれば救急要請することとする」。

翌朝、往診の医師に相談し、地域の病院へ搬送。誤嚥性肺炎の診断で入院となりました。

病院からの提案と、私たちの提案

入院から数日後、病院の主治医から治療方針について連絡がありました。

栄養をどう摂るか。口から十分に食べられない以上、この判断が生死を分けます。病院から示された選択肢は、次のとおりでした。

  • 経鼻チューブ(鼻から胃へ管を入れる)、または中心静脈栄養を行い、療養病院へ転院する
  • 胃ろうの造設は行わない

嚥下機能の低下は加齢によるものであるとの評価から、胃ろうの造設は行わない方針が示されました。

これに対し、当社代表は施設側の見解をお伝えしました。

経鼻チューブは、定期的な入れ替えに透視(レントゲン)が原則必要です。当施設で管理するにはリスクが伴います。中心静脈栄養も感染のリスクがあります。
胃ろうであれば、往診の医師による定期的な交換が可能です。胃ろうの造設はいかがでしょうか。

これは、どちらが正しいかという議論ではありません。「I氏がどこで暮らせるか」という現実から逆算した提案でした。経鼻チューブや中心静脈栄養を選べば、I氏は療養病院へ移ることになります。胃ろうであれば、施設で管理でき、帰ってこられる。

病院の方針は変わりませんでした。あわせて、当施設へ帰る場合には特段の処置は行わず、肺炎の発症や窒息は寿命とみなす、との考えも示されました。

私たちは、その場から退きました

このとき、当施設は往診の医師と成年後見人を交えて協議を行いました。

治療方針の選択肢を整理しました。積極的な栄養治療を行わないという方針。胃ろう、経鼻チューブ、中心静脈栄養という3つの治療。侵襲性、継続性、管理のバランスから、施設としては胃ろうが最も妥当と考えました。

そして、医療倫理上、最優先されるべきはご本人の意向であることを確認しました。ここで、当施設はひとつの判断をしています。

胃ろう造設について、当社が誘導していると見なされている可能性が高いため、ご本人への意向確認の面談には参加せず、病院の医療相談員・看護師の同席を依頼した。

私たちは、I氏に帰ってきてほしいと思っていました。だからこそ、その場に居てはいけないと判断しました。ご本人の意向を、施設の希望で染めてはならない。

面談は、成年後見人と病院の職員によって行われました。後日、胃ろうの造設を行った病院の看護要約には、こう記されています。

意思決定に関してご親族は疎遠で、ご本人での意思決定となるが、後見人が面談の上で胃瘻造設を希望する本人の意思を確認している。

私たちが同席しない場で確認された意思が、記録として残りました。

「早く帰りたい」

面談の結果、成年後見人から報告がありました。

ご本人が、一刻も早くたいようへ帰りたいと希望されている。

この報告を受け、当社代表が往診の医師へ送った連絡の一節です。

当社と致しましても、このまま当該医師の下で加療を継続することが、ご本人様にとって最善であるか判断しかねる部分がございます。可能な限り早期にご退院いただければと考えております。
ご退院後、改めてI氏ご本人を交え、今後の加療方針についてご相談・意思決定をいただける機会を設けていただけますと幸いです。

退院日が決まりました。介護タクシーでお一人での退院です。職員が待機し、迎えました。入院期間は10日間。この間に、体重は5.2kg減っていました。

帰ってこられた日、I氏はこう話されました。

入院は寂しかった
病院では何も食べさせてもらえなかった。何か食べたくてしゃーないねん

その日、往診の医師との面談でこうも語られています。入院中は「早く死にたい」という思いが強かったが、施設に帰ってきてからは「元気になりたい」という気持ちも出てきている、と。

それでも、決めるのはご本人です

帰設後も、意思決定は続きました。胃ろうを造るには、入院が必要です。I氏は「もう入院はしたくない」とおっしゃいました。

ここで職員が気づきました。I氏は、その入院が長期にわたるものだと理解しておられたのです。実際には1泊2日から2泊3日で戻ってこられます。そのことをお伝えすると、返ってきたのはこの言葉でした。

その程度の入院であれば、行こうかな

往診の医師の看護師からは、当施設宛にこうした言葉が届いています。

迷ってらっしゃるんだと思います。ご本人の意向が最優先になりますので、慎重に決定する必要性を感じました。(中略)ご本人の意向はしっかり受け取らなければならないと思っております。

帰設から2日後、往診の医師がI氏とじかに話をされました。

医師:「胃ろうは作りたくないですか?」
I氏:首を横に振る。
医師:「作ってもいいと思っていますか?」
I氏:うなずく。

同じ日、医師はもうひとつ確認されています。

医師:「今後また今回のような状態になった場合、救急車で病院へ行くこともできますが、どうされますか?」
I氏:「救急車には乗りたくない」

こうして、胃ろうを造ること、そして急変時には施設で最期まで過ごすこと。相反するようで一貫した二つの方針が、ご本人の言葉によって定まりました。

この間、I氏には一過性の脳虚血発作を疑う症状が2度ありました。意識レベルが落ち、左に眼が偏り、片側の力が入らなくなる。そのたびに職員は付き添い、記録を取り、医師へ報告しました。いずれも1時間ほどで戻られています。

「これ、やって正解やったなぁ」

胃ろうの造設は、お約束したとおり2泊3日で終わりました。入院した日に手術を受け、翌日から白湯の注入が始まり、その翌日には当施設へ戻ってこられています。嘔気も嘔吐もありませんでした。

帰ってこられた翌日の記録です。「意識清明で活気があり、終始笑顔で多くの会話がみられ、表情・受け答えともに良好であった」。

造設から1週間後、お粥と梅干しと味噌汁での食事を再開しました。むせはありません。全量召し上がりました。

美味しかった。ラーメンも食べたいなぁ

その翌日、I氏は職員にこう言われました。

これ(胃ろう)やって正解やったなぁ、痛くないし良かったわぁ

さらに2日後の記録には、「みんなのおかげで元気だよ」とあります。

夏には、施設の夏祭りでフルーツポンチとわたがしを召し上がりました。むせ込みなく、全量。記録には「笑顔みられる」とあります。

I氏は今も当施設で暮らしています。胃ろうから栄養を入れながら、口からもお粥を召し上がる。その両方を続けています。

この事例からお伝えしたいこと

1. 「決めるのはご本人」を、行動で守ります

私たちはI氏に帰ってきてほしいと願っていました。だからこそ、意向確認の面談には参加しませんでした。願いを持つ者が、決定の場に立ってはいけないと考えたからです。

2. 施設で管理できるかどうかは、選択肢を左右します

経鼻チューブか、中心静脈栄養か、胃ろうか。医学的な議論だけでなく、「その処置を持ったまま、どこで暮らせるか」という視点があります。当施設は、この視点から意見を申し上げます。

3. ご本人が理解できていないことは、私たちが気づきます

「入院はしたくない」というお断りが、実は入院の長さの誤解によるものだった。日々そばにいるからこそ気づけることがあります。

4. 身寄りがなくても、意思決定は支えられます

I氏には身寄りがありません。成年後見人、往診の医師、病院、そして施設。関わる全員でご本人の言葉を聞き取り、確認し、共有しました。

5. 「もう食べられない」で終わりではありません

I氏は胃ろうを造設したあと、また口から食べておられます。栄養を確保できたからこそ、食べる楽しみを取り戻せました。

医療機関のご担当者様へ

栄養管理の方法をご検討いただく際、「その処置を持って、どこで暮らせるか」という視点をあわせてご検討いただけますと幸いです。当施設で管理可能な処置は次のとおりです。

  • 胃ろうからの経管栄養・投薬
  • 末梢からの輸液、皮下輸液
  • 在宅酸素療法、非侵襲的人工呼吸器
  • 膀胱留置カテーテル
  • 喀痰吸引(夜間を含む頻回対応)

転帰先の選択肢が広がることで、ご本人が選べる範囲も広がります。方針決定の前段階からのご相談も歓迎いたします。

よくあるご質問

胃ろうを造るかどうか、迷っています。ご本人の意向が最優先です。当施設は、造る・造らないのどちらを選ばれても支援を続けます。判断の材料として、その処置を持ってどこで暮らせるかという情報はお伝えできます。
胃ろうを造ったら、口から食べられなくなりますか。ご状態によります。ご紹介した事例では、胃ろうからの栄養と口からの食事を併用しておられます。嚥下の状態を評価しながら、召し上がれる範囲を探します。
病院と施設で意見が違うときは、どうなりますか。最終的に決めるのはご本人とご家族です。当施設は施設として管理できる範囲をお伝えし、選択肢を広げる役割を担います。
身寄りがない場合、医療の方針は誰が決めるのですか。成年後見人には医療同意権がないため、ご本人の意向確認が要となります。ご紹介した事例では、後見人・往診医・病院・施設で情報を共有しながら、ご本人の言葉を確認していきました。
胃ろうの管理はしてもらえますか。胃ろうからの経管栄養と投薬に対応しています。定期的な交換は往診の医師にお願いしています。

本記事について

本記事は、当施設における一事例の記録に基づく報告です。記載内容は個々の利用者様の状態や経過を保証するものではありません。栄養管理の方法および医療的処置の決定は、ご本人の意向を最優先に、主治医・往診医の判断と指示のもとで行われたものです。本文中に記載した医療機関の方針は、当該時点における医学的判断として示されたものであり、その適否を論じる意図はありません。氏名・生年月日その他の個人が特定される情報はすべて削除し、ご本人および成年後見人の同意を得たうえで公開しています。

ご相談・お問い合わせ

看多機たいよう堺東(大阪府堺市堺区今池町1丁目1番56号)
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発行:有限会社たいよう 看多機たいよう堺東
最終更新:2026年9月3日