緩和ケア病棟以外の
選択肢として
末期がんの方と過ごした14日間の記録
「緩和ケア病棟を勧められましたが、うちには難しくて」
このお声を、私たちは何度か伺ってきました。緩和ケア病棟は、がんの終末期を過ごす場所として最も整った選択肢のひとつです。しかし、費用の面、ご家庭の状況、待機の期間。さまざまな事情から、その選択肢を現実的に選べない方がいらっしゃいます。
では、自宅で看るしかないのか。ご家族が働いていたら。介護できる人が限られていたら。
この記事は、緩和ケア病棟を案内されながら入院という選択が難しく、当施設でお過ごしになった80歳代の男性の記録です。ご入居から14日目に、当施設でお看取りいたしました。
本報告は当施設が公開している実践報告の第6報です。第2報「点滴を続けたまま入居し、ご家族に囲まれて最期を迎えた85日間」、第5報「点滴を始める判断、やめる決断(264日間の記録)」、第7報「人工呼吸器をつけたまま、施設に帰る(193日間の記録)」もあわせてご覧ください。
「施設での看取りを希望します」と書かれた紹介状
F氏(仮称)は80歳代の男性です。20年ほど前に脳出血を起こされ、左半身に麻痺が残っていました。糖尿病、逆流性食道炎、軽度の認知症もお持ちでした。
その方に、肝臓のがんが再発しました。年齢とお体の状態から、がんを叩く治療ではなく症状をやわらげる治療(緩和治療)の方針が決まりました。急に容体が変わった際に心臓マッサージなどの救命処置を行わないことも、あわせて確認されていました。
ここ数か月で食事量が減り、体重が落ち、だるさが強くなってきていました。通院も難しくなっていました。
主治医の先生は緩和ケア病棟をご案内されました。しかし、ご家庭の状況と費用の面から、入院という選択は難しいという結論になりました。
そこで当施設へ届いた紹介状には、こう書かれていました。
看護多機能施設への入所と、そこでの看取りの方針をご希望されております。
緩和治療を含めた継続加療をお願いいたします。
ご本人は老人保健施設におられ、7月末、車椅子で当施設へ移ってこられました。
14日間の記録
数字で見るケアの実際
| ご利用期間 | 14日 |
|---|---|
| 介護・看護記録の件数 | 251件 |
| 関わった職員数 | 12名 |
| 入浴の実施 | 4回(週2回のペースを最期の2日前まで継続) |
| 痰の吸引 | 期間を通じて実施(終盤は3時間ごと、夜間は1〜2時間ごと) |
| 酸素投与 | 施設内で実施(5L/分) |
| 救急搬送・入院 | 0件 |
入居初日
到着されたF氏は、車椅子から一部介助でベッドへ移乗されました。意思疎通は可能で、うなずいたり、小さな声で返答されたりします。
その日のおやつの時間、車椅子に座って「いちごスペシャル」を4分の1ほど、にこにこと召し上がりました。右手でご自分の車椅子のブレーキを外す場面もありました。ゆっくりですが、ご自分で動かそうとされていました。
一方で、お食事は途中で口の中に溜め込んでしまい、飲み込めません。むせもありました。この時点で、食べることが難しくなってきていることは明らかでした。
痰の吸引を、24時間
入居から3日目の夜、湿った咳が続くようになりました。ご自分で痰を出すことができません。
看護師は居室に吸引器を設置し、往診の医師へ情報通信機器で状態を報告しました。ここから、痰の吸引が日常のケアになります。
終盤は3時間ごと、夜間は1〜2時間ごとに吸引を行いました。白い粘り気のある痰が、そのたびに引けます。吸引のとき入れ歯が外れやすかったため、その間だけ外すようにしたところ、F氏は「入れ歯、入れ歯」とご自分の入れ歯を気にされていました。そのやりとりも記録に残っています。
夜間も看護職員が対応できる体制があるため、この頻度の吸引が施設内で可能でした。
「無理な経口摂取は避け、苦痛のないように」
入居5日目、栄養剤にとろみを付けて提供したところ、完全に誤嚥されました。すぐに中止し、吸引を行っています。
この日の記録には、こう書かれています。
無理な経口摂取は避け、極力苦痛の無いターミナルケアを。
以後、無理に食べていただくことはやめました。それでも、ご本人が飲みたいとおっしゃるものは提供しています。お茶、ココア、スポーツドリンク、栄養剤。飲めた日は200mLほど。飲めない日は無理をしません。飲まれた後は、必ず吸引を行いました。
最期の2日前まで、お風呂へ
この期間、入浴は4回行っています。
7月30日は機械浴。入浴後にむせずに水分を摂られ、「寝てていいの?」と質問されたので大丈夫ですとお伝えすると、笑顔になられました。
8月2日は椅子型の浴槽で。靴を脱ぐこと、杖を置いておくことを説明すると、拒まれることなく応じられました。
8月6日、8月9日と続けました。亡くなる2日前まで、週2回のペースでお風呂に入っていただいています。
8月4日には、訪問理美容で散髪も行いました。
痛みには、すぐ使える備えを
がんの終末期では、痛みへの対応が最も重要な課題のひとつです。
F氏の場合、期間を通じて苦悶の表情はみられず、痛みの訴えもありませんでした。そのため、頓用の痛み止めは使用していません。
使わなかったことが大切なのではありません。必要になったらすぐ使える状態にしてあったことが大切です。往診の医師から事前に指示を受け、いつでも使える備えのうえで、毎日の表情と様子を観察していました。
最期の2日間
入居から13日目の早朝、血圧が下がり、手足が冷たくなり、指先に色の変化が現れました。ショック状態です。
看護師はただちに医師へ報告し、ケアマネジャーを通じてキーパーソンの方へご連絡しました。
熱に対しては冷却で対応し、37℃前半を保ちました。苦悶の表情はなく、痛みの訴えもないため、頓用の痛み止めは使用していません。
午後3時から施設内で酸素投与を開始しました。5L/分。呼吸への影響が出ていないことを確認しながらの調整です。
この日の夕方、F氏は右手を挙げられました。声をかけると頷かれ、しっかりと目が合いました。
翌14日目。血圧はさらに下がり、声をかけても反応がなくなりました。そして訪室した際、呼吸が止まっておられました。職員2名で確認し、主治医、ケアマネジャー、キーパーソンの方へご連絡しました。
キーパーソンの方は、ケアマネジャーとご一緒に来設されました。声をかけながら、涙ぐんでおられました。
医師の指示のもと、死亡確認の前にエンゼルケアを行いました。その後、往診の医師による死亡確認。ご葬儀のため、F氏は当施設から出棺されました。
この事例からお伝えしたいこと
1. 緩和ケア病棟以外にも、選択肢があります
緩和ケア病棟は優れた選択肢です。ただ、費用やご家庭の状況から選べない場合もあります。看護職員が配置された施設であれば、痰の吸引、酸素投与、症状をやわらげるお薬の管理を行いながら、最期までお過ごしいただけます。
2. 痰の吸引が必要でも、お受けできます
3時間ごと、夜間は1〜2時間ごと。この頻度の吸引は、24時間対応できる看護体制があってはじめて可能になります。「吸引が必要だから施設は無理」と言われた方も、ご相談ください。
3. 最期の時期でも、お風呂に入れます
F氏は亡くなる2日前まで、週2回のペースでご入浴されました。散髪もされています。医療的なケアが増えても、その方の毎日が損なわれないようにすることが、私たちの役割だと考えています。
4. 痛みへの備えを、事前に整えます
往診の医師と連携し、痛みが出たときにすぐ使えるお薬の指示をいただいたうえでお預かりします。「痛みが出たら病院へ」ではなく、「痛みが出てもここで」を目指しています。
5. 法律上のご家族でなくても、連携します
ご本人が頼りにされている方、長年支えてこられた方。ご事情はさまざまです。ケアマネジャーとも連携しながら、ご本人にとって大切な方との関わりを支えます。
医療機関のご担当者様へ
緩和ケア病棟をご案内されたものの、費用やご家庭の状況から入院が難しいとご相談を受けた場合、当施設をひとつの選択肢としてご検討ください。
痰の吸引、酸素投与、疼痛時の頓用薬の管理、看取りまでの対応が可能です。本事例では、老人保健施設からのご紹介を受け、入居から14日目にお看取りいたしました。
よくあるご質問
| 緩和ケア病棟に入れない場合、どこで過ごせますか。 | ご自宅での訪問診療・訪問看護のほか、看護職員が配置された施設という選択肢があります。当施設では痰の吸引、酸素投与、症状をやわらげるお薬の管理に対応しています。 |
|---|---|
| 痰の吸引が必要ですが、受け入れてもらえますか。 | 対応しています。ご紹介した事例では、終盤は3時間ごと、夜間は1〜2時間ごとの吸引を施設内で実施しました。 |
| 酸素は使えますか。 | 主治医の指示のもとで施設内での酸素投与に対応しています。 |
| 痛みが強くなったらどうなりますか。 | 往診の医師と連携し、痛みが出たときにすぐ使えるお薬の指示をいただいたうえでお預かりしています。症状に応じて医師へ報告し、対応を調整します。 |
| 費用はどのくらいかかりますか。 | 介護度やご利用の内容によって異なります。個別にお見積りいたしますので、まずはご相談ください。 |
本記事について
本記事は、当施設における一事例の記録に基づく報告です。記載内容は個々の利用者様の状態や経過を保証するものではありません。医療的な処置および投薬はすべて、主治医の判断と指示のもとで行われたものです。氏名・生年月日・住所その他の個人が特定される情報はすべて削除し、ご遺族の同意を得たうえで公開しています。
発行:有限会社たいよう 看多機たいよう堺東
最終更新:2026年9月3日