人工呼吸器をつけたまま、
施設に帰る
「挿管はしない、でも呼吸の補助は続けたい」を支えた193日間の記録
「呼吸器がついているので、施設への退院は難しいと言われました」
病院の相談員の方から、あるいはご家族から、こうしたお話を伺うことがあります。
医療機器がついている。だから施設には戻れない。この前提が、ご本人とご家族から選択肢を奪っていきます。
この記事は、非侵襲的人工呼吸器(NPPV)と中心静脈栄養(TPN)を装着した状態で病院から当施設へ戻り、ご家族に見守られて最期を迎えられた80歳代の女性の記録です。
本報告は当施設が公開している実践報告の第7報です。第2報「点滴を続けたまま入居し、ご家族に囲まれて最期を迎えた85日間」、第6報「緩和ケア病棟以外の選択肢として(14日間の記録)」、第8報「「早く、たいようへ帰りたい」(胃ろうを選ぶまでの意思決定支援)」もあわせてご覧ください。
在宅酸素を「煩わしい」と言われていた方
G氏(仮称)は80歳代の女性です。
肺の慢性的な感染症により呼吸の機能が低下しており、安静にしていても呼吸の回数は1分間に30〜40回。少し動くだけで血中の酸素が下がる状態でした。ご自宅では息子さんご夫婦と暮らし、訪問看護を受けておられました。
在宅酸素を勧められていましたが、G氏は「煩わしい」とおっしゃって、あまり使われていませんでした。
やがて痰をご自分で出すことが難しくなり、食後に絡んだ痰を出せない日が続くようになります。緊急の訪問で吸引したところ、粘り気のある痰が止めどなく引けたこともありました。医療的な処置が必要な状態と判断され、ご家族の話し合いを経て、当施設への入居となりました。
入居した日
到着されたG氏は、車椅子でしたが意識ははっきりしており、会話も普通に成立しました。酸素は1L。
その日の夕方、職員はトイレまでの移動を一緒に確認しました。ベッドとトイレの間に車椅子を置き、それを手すり代わりにして伝い歩きができます。トイレの動作はご自分でできました。
移動のときは酸素のチューブを外されます。動いた後は息切れがありますが、深呼吸を促すと落ち着きました。
おいしいよ。別に不満とかなくて、そのときのおなかのすき具合とかもあるから
お食事について尋ねたときの、G氏の言葉です。
193日間の関わり
当施設とG氏の関わりは、入居から最期の日まで193日間でした。この間に2度の入院があり、施設で過ごされたのは約140日です。
数字で見るケアの実際
| 関わりの期間 | 193日 |
|---|---|
| 介護・看護の記録 | 697件 |
| 体温の測定 | 275回 |
| 血中酸素濃度の測定 | 255回 |
| 水分摂取の記録 | 679件 |
| 入浴・清拭 | 49日 |
| 関わった職員数 | 21名 |
呼吸の状態が変わりやすい方でしたので、血中酸素濃度の測定を繰り返しました。動いた後に下がり、休むと戻る。その幅を把握しておくことが、異常を見分ける基準になります。
桜を見に
入居してしばらくして、G氏は一度入院され、3週間ほどで戻ってこられました。
体力は落ちていました。車椅子に30分座るのが限界という日が続きます。それでも、ある日こうおっしゃいました。
娘が桜を持ってきてくれてん。何もやる気も活気も出えへんけど元気になったら出てくるかな。歩けるようにはなりたいねん。トイレに行きたいから。今は一苦労
その日の午後、職員は車椅子でG氏と外出し、お花見をしました。記録にはこうあります。声がワントーン大きくなり、「ありがとうございます。すごく楽しかった」との言葉があった。
体重が1週間で2.2kg増えた日
夏を迎えた頃、週1回の体重測定で1週間に2.2kgの増加を確認しました。心臓に水分の負荷がかかっているサインです。
看護師はその日のうちに情報通信機器で主治医へ報告し、1日の飲水量を500mLに制限する指示を受けました。以後、水分量を記録しながら管理しています。
「呼吸器をつけたままでも、帰れますか」
翌日、G氏の血中酸素が上がらなくなりました。痰が喉に溜まり、ご自分で出せません。吸引器を居室に設置し、水分にとろみを付け、酸素を増やしながら経過を見ました。
医師へ相談し、指示を受けて経過を追いましたが、夕方には意識レベルが低下しました。医師の判断を仰ぎ、救急搬送となりました。
診断は、肺の機能低下により二酸化炭素を排出できなくなった状態でした。
翌日、ご家族から施設へ連絡がありました。
改善するためには人工呼吸器の挿管が必要と説明された。しかし家族として挿管は希望せず、自然な形での療養を希望した。状態が安定すれば、終末期は施設で過ごさせたい。
その翌日、病院の相談員の方から当施設へお問い合わせがありました。「退院後、そちらへ帰ることは可能でしょうか」
このとき、G氏には非侵襲的人工呼吸器(NPPV)と中心静脈栄養(TPN)が使われていました。
当施設の回答は、次のとおりです。
人工呼吸器も中心静脈栄養も、看させていただくことは可能です。ご本人様の状態とご意向に沿ったご提案をお願いします。
ご家族にも同じ内容をお伝えしました。戻られた後は終末期の看護・介護が中心になること、それでも両方とも対応できること。ご家族は、退院の許可が出た際には施設で過ごさせたいという意向を示されました。
帰ってこられた日
約1か月後、G氏は介護タクシーで当施設へ戻ってこられました。
意識レベルは低下しており、鼻から胃へのチューブと中心静脈カテーテルが入った状態でした。この日、心臓が止まったときに胸骨圧迫や救急搬送を行わない方針を、ご家族と改めて確認しています。
同日、主治医が臨時で往診されました。ご家族に対して現在の状態と見通しを説明したうえで、鼻のチューブと中心静脈カテーテルを抜くという選択もあるとお話しされました。ご家族は持ち帰って相談され、翌日、抜いてほしいという意向を伝えてこられました。
その日のうちに医師が往診し、両方を抜去しています。あわせてシャワーの許可も出ました。
施設での人工呼吸器の運用
戻られた日から、当施設では次の運用を行いました。
- 夜間:非侵襲的人工呼吸器を装着(設定は医師の指示による)
- 朝:日勤者が出勤後、鼻カニューレでの酸素2Lへ切り替え
- 装着・取り外しは、夜勤者と日勤者の2名でダブルチェック
- 1時間ごとにマスクの位置を調整し、皮膚の圧迫を確認
- 装着中は最大気道内圧、1回換気量、呼吸回数、空気の漏れ量を毎回記録
マスクが顔に当たる部分には圧の跡がつきます。当てる位置を変え、軟膏を薄く塗って保護しました。加湿器の水も補充します。夜間は2時間ごとに体の向きを変えました。
洗髪
戻られた翌日の午前、職員は手浴と爪切りを行いました。その後、ご家族が大勢来られました。長女様とご一緒に、洗髪をしています。
髪の毛ふわふわにもなったしすっきりした顔に見えます。こんなんしてもらえるなんて、ありがたいです
長女様の言葉です。記録には、ご家族に積極的にケアへ入っていただいてもよさそうだ、と続いています。
最期の日
戻られてから4日目の朝、血圧が下がり、呼びかけへの反応が乏しくなりました。
娘様へ状態が不安定であることをお伝えし、翌日に予定されていたG氏の妹様の面会を、この日に前倒しできないか調整をお願いしました。
昼前、呼吸の状態が悪化しました。医師へ報告し、ご家族へ連絡。まもなく呼吸と心拍の停止を確認しました。
長男様が到着され、その後、主治医と長女様が到着。12時13分、死亡確認となりました。
午後、全身の清拭と着替えを、ご家族とご一緒に行いました。その後、ご出棺されました。
この事例からお伝えしたいこと
1. 人工呼吸器(NPPV)に対応できます
非侵襲的人工呼吸器の装着・取り外し、設定の確認、マスクによる皮膚トラブルの予防、換気量やリークの記録。いずれも医師の指示のもとで対応しています。「呼吸器があるから施設は無理」と言われた場合も、一度ご相談ください。
2. 中心静脈栄養・胃管・膀胱留置カテーテルにも対応します
G氏は中心静脈カテーテル、鼻からの胃管、膀胱留置カテーテルが入った状態で戻ってこられました。いずれも管理が可能です。
3. 「挿管はしない」という選択を、そのまま引き継ぎます
気管に管を入れる人工呼吸は望まない。けれどマスクによる呼吸の補助は続けたい。この中間の選択は、対応できる場所が限られます。当施設はこの選択を引き受けられます。
4. 医療機器がついていても、髪は洗えます
戻られた翌日、ご家族とご一緒に洗髪をしました。医療的なケアが増えることと、その方らしい時間が失われることは、別のことだと考えています。
医療機関のご担当者様へ
退院支援において、医療機器を理由に転帰先が見つからないケースについて、当施設をご検討ください。対応可能な範囲は次のとおりです。
- 非侵襲的人工呼吸器(NPPV)
- 在宅酸素療法
- 中心静脈栄養、末梢からの輸液、皮下輸液
- 経鼻胃管による投薬・栄養
- 膀胱留置カテーテル
- 喀痰吸引(夜間を含む頻回対応)
- 疼痛時の頓用薬の管理
本事例では、病院の相談員の方からのお問い合わせに対し、当日中に受け入れ可否をお答えしています。まずはお電話ください。
よくあるご質問
| 人工呼吸器がついていても入居できますか。 | マスクを使う非侵襲的人工呼吸器(NPPV)に対応しています。設定は主治医の指示に従い、装着・取り外しは職員2名で確認しています。まずはご相談ください。 |
|---|---|
| 中心静脈栄養や胃管が入っていますが大丈夫ですか。 | いずれも管理が可能です。ご紹介した事例では、両方が入った状態で病院から戻られました。 |
| 挿管はしたくないが、呼吸の補助は続けたい。そうした選択もできますか。 | 主治医とご家族の間で方針が定まっている場合、その内容を書面で共有いただいたうえでお受けしています。 |
| 夜間も痰の吸引をしてもらえますか。 | 夜間も看護職員が対応できる体制があり、必要な頻度で吸引を行っています。 |
| 退院の可否を早く知りたいのですが。 | お電話でご相談ください。ご紹介した事例では、病院の相談員の方からのお問い合わせに当日中にお答えしています。 |
本記事について
本記事は、当施設における一事例の記録に基づく報告です。記載内容は個々の利用者様の状態や経過を保証するものではありません。医療機器の使用および医療的処置はすべて、主治医の判断と指示のもとで行われたものです。氏名・生年月日・住所その他の個人が特定される情報はすべて削除し、ご遺族の同意を得たうえで公開しています。
発行:有限会社たいよう 看多機たいよう堺東
最終更新:2026年9月3日