「オムツ・全介助」の申し送りから、
トイレと外出へ
集中治療室から退院された方と過ごした59日間の記録
「退院したときには、オムツになっていた」
「入院前は自分で歩いてトイレに行っていたのに」
「もうこのまま寝たきりなのでしょうか」
ご家族から、こうしたお声をいただきます。
この記事は、救急搬送から集中治療室での治療を経て、当施設へ入居された90歳代の男性の記録です。病院からの申し送りは、移動・移乗・排泄・更衣すべて全介助、オムツ常時使用というものでした。
入居当日、この方はトイレで排泄されました。その後の59日間で、神社へ参拝に出かけ、お花見に離床し、毎日フロアで新聞を読んで過ごされています。期間中、救急搬送・再入院は0件でした。
本報告は当施設が公開している実践報告の第4報です。第1報「身寄りのない方・医療依存度の高い方を64日間支えた記録」、第2報「点滴を続けたまま入居し、ご家族に囲まれて最期を迎えた85日間」、第3報「病院ではストレッチャー、当施設では車椅子で(47日間の記録)」もあわせてご覧ください。
2週間前まで、自分の足で病院に通っていた方
D氏(仮称)は90歳代の男性です。糖尿病と腎臓の病気で長く通院され、ご家族と同居されていました。
入居の2週間前、かかりつけ医の外来にはご自分の足で歩いて受診されています。ただ、少しずつ元気がなくなってきていたため、通院から在宅訪問診療へ切り替える相談が進んでいました。
その調整の最中、夜になって意識がはっきりしなくなり、お孫様が救急車を呼ばれました。搬送先で測った体温は28.7℃。低体温症でした。脈も遅く、集中治療室で体を温める治療が行われています。
治療により意識は戻り、お食事も摂れるようになりました。入院中に甲状腺の働きが落ちていることも新たに分かり、お薬が始まっています。
そして退院。病院からの申し送りは、次のようなものでした。
| 室内・屋外の移動 | 車いす・全介助 |
|---|---|
| 移乗・更衣 | 全介助 |
| 排尿・排便 | 全介助、オムツ常時 |
| 入浴 | 清拭・全介助 |
| 食事 | 一部介助 |
ご家族は、挿管や透析といった積極的な治療は望まないというお考えを、入院中に医師と共有されていました。
入居初日、トイレへ
入居当日、D氏はご次女とお孫様に付き添われ、車椅子で到着されました。体温は34.5℃と低く、保温をしながら状態を確認しました。
意識ははっきりしており、受け答えも明瞭でした。ベッドへの移乗は、軽い介助から中くらいの介助で可能でした。
しばらくして、D氏が「おしっこしたい」とおっしゃいました。
申し送りではオムツ常時使用でしたが、ご本人の訴えを受けて、職員はトイレへお連れしました。トイレで、多量の排尿がありました。
この日の夕食は極きざみ食を全量、おやつも全量召し上がっています。硬めのクッキーもしっかり噛んでおられました。
以後、日中はトイレへの誘導を続けました。59日間のうち、トイレでの排泄が記録されている日は21日にのぼります。
病院の申し送りは、治療の場でのご様子を正確に伝えてくださるものです。一方で、療養の場が変われば、できることも変わります。治療と安静を最優先すべき時期には、控えるべき動作もあります。当施設では、いただいた情報をふまえたうえで、入居した日に生活の場での状態を改めて確かめることにしています。
59日間の記録
数字で見るケアの実際
| 入居期間 | 59日 |
|---|---|
| 介護・看護記録の件数 | 170件(1日平均2.88件) |
| バイタル測定 | 90件(59日すべてで実施) |
| 食事・飲水の記録 | 287件(飲水量 1日平均893mL) |
| 関わった職員数 | 19名 |
| 入浴の実施 | 17日 |
| トイレでの排泄が記録された日 | 21日 |
| 救急搬送・再入院 | 0件 |
毎日、体温を測り続けた
D氏の低体温は、入居後も続きました。59日間すべてでバイタルを測定し、平均体温は35.65℃、最も低い日で34.3℃でした。
衣類を重ね、背中にカイロを貼り、湯たんぽを使い、掛け物を調整しました。ご本人に寒さの訴えはほとんどなく、「まあしゃあないな」とおっしゃっていました。
入居から11日目、施設で行った採血の結果をもとに、往診の医師が甲状腺のお薬を開始されました。あわせて、腎臓の状態を踏まえて尿量と体重を継続して見るようにとの指示がありました。
この毎日の測定が、後になって意味を持ちます。最期の日に容体が変わったとき、それまでの体温と脈の推移が手元にあったからこそ、何が起きているのかを判断できました。記録は残すためではなく、判断するために取っています。
「ほないっぺんいこか」
日中、D氏はフロアで過ごされることを好まれました。新聞を読み、ほかの利用者様やスタッフと話し、机で少しうたた寝をする。書店の話で笑顔になられた日もありました。
入居から7日目、職員との会話で近くの神社の話題が出たとき、D氏はこうおっしゃいました。
「ほないっぺんいこか」
その日、車椅子でお参りに出かけました。12日目にはお花見のため、「横になりたい」とおっしゃっていたところを声をかけて離床していただいています。
お食事は施設の食事が進まない日が多く、ご家族が持ってこられるパン、ゆで卵、果物、和菓子などを組み合わせました。それでも飲水は1日平均893mLを確保できています。
熱が出た日
入居から14日目、38.2℃の発熱がありました。ご本人に自覚症状はありませんでした。
当施設からオンコールの医師へ報告したところ、尿路感染症の可能性が高いとして、その日のうちに抗生剤と解熱剤の指示が出ました。熱は翌日には下がり、受診や入院に至ることなく、施設内で経過しました。
最期の日
入居から59日目の朝6時、D氏の意識レベルが低下しました。左半身に力が入らず、呼吸の様子も変化していました。体温34.7℃、脈拍40回。
低体温を背景に脳の血管に何かが起きた可能性が高いと判断し、ご家族へご報告しました。ご家族のお考えは入院中から一貫しており、救急搬送は行わず、施設でお看取りする方針を確認しました。
往診の医師へ連絡し、その日のうちに診察していただきました。点滴は行わず、自然な形で見守る方針となりました。同じ日、D氏は静かに息を引き取られ、医師の診察により死亡確認となりました。
この事例からお伝えしたいこと
1. 退院時の「全介助」が、そのまま続くとは限りません
入院中は治療と安静が優先されるため、身体を動かす機会が限られることがあります。退院時の申し送りはその時点でのご様子を正確に伝えるものであり、生活の場に移られてから変わることもあります。当施設では入居した日に改めて評価を行い、できることを探します。D氏の場合、オムツ常時使用という申し送りに対し、実際にはトイレでの排泄が可能でした。
2. 毎日測ることが、いざというときの判断を支えます
体温、血圧、脈拍、食事量、飲水量。当施設ではこれらを毎日記録しています。数字が並んでいるからこそ、容体が変わったときに「いつもと何が違うのか」が分かります。
3. 治療方針が決まっていれば、慌てずに済みます
挿管や透析を望まないというご家族のお考えは、入院中に医師と共有され、書面に残されていました。そのため容体が変わったときも、搬送するかどうかを一から相談する必要がありませんでした。ご家族のお考えを、書面で共有させてください。
よくあるご質問
| 退院時にオムツ常時使用と申し送られましたが、トイレに戻れますか。 | ご状態によります。当施設では入居時に改めて評価を行い、可能な方には日中のトイレ誘導から始めています。まずはご相談ください。 |
|---|---|
| 透析を選ばない方針でも受け入れてもらえますか。 | ご本人・ご家族と主治医の間で方針が定まっている場合、その内容を書面で共有いただいたうえでお受けしています。 |
| 容体が変わったとき、救急車を呼ばない選択もできますか。 | 事前にご家族と方針を共有していれば可能です。往診の医師と連携し、施設でのお看取りに対応しています。 |
| 家族が食べ物を持ち込んでもよいですか。 | お召し上がりいただける形態であれば可能です。施設の食事が進まない時期に、ご家族の差し入れが摂取量の確保につながる場合があります。 |
本記事について
本記事は、当施設における一事例の記録に基づく報告です。記載内容は個々の利用者様の状態や経過を保証するものではありません。氏名・生年月日・住所その他の個人が特定される情報はすべて削除し、ご家族の同意を得たうえで公開しています。共通の倫理方針は研究・実践報告に記載しています。
発行:有限会社たいよう 看多機たいよう堺東
最終更新:2026年9月2日