点滴を始める判断、
やめる決断
食べられなくなった方と過ごした264日間の記録
「もう口から食べられません。点滴はどうしますか」
この問いを前にして、すぐに答えられるご家族はいらっしゃいません。続ければ苦しい時間が延びるかもしれない。やめれば早く逝ってしまうかもしれない。どちらを選んでも、後から自分を責めることになるのではないか。
この記事は、90歳代の女性が当施設で過ごされた264日間の記録です。
最初の約4か月、点滴は一度も行っていません。その後の約5か月で、117日にわたって施設内で点滴を行いました。そして最後の3日間、点滴は行われませんでした。
それを決めたのはご家族です。私たちがしたのは、決断を待つことと、決断した後も同じように関わり続けることでした。
本報告は当施設が公開している実践報告の第5報です。第2報「点滴を続けたまま入居し、ご家族に囲まれて最期を迎えた85日間」、第4報「「オムツ・全介助」の申し送りから、トイレと外出へ(59日間の記録)」、第10報「「点滴を入れる血管が、もうありません」と言われてから(皮下点滴で過ごした最期の76日)」もあわせてご覧ください。
まず、食べられるものを探した4か月
E氏(仮称)は90歳代の女性です。パーキンソン病による筋肉のこわばりと認知機能の低下があり、日常生活はすべて介助が必要でした。同じ法人のグループホームで暮らしておられ、医療的なケアの必要性が高まったため、車椅子で当施設へ移ってこられました。
いちばんの課題は、初日から水分と栄養でした。
覚醒に大きな波がある方でした。声をかけても目が開かず、口も開かない日があります。かと思えば、「おはよう」と返され、お食事を全量召し上がる日もある。同じ日のなかでも、朝は開口せず、昼過ぎになって食べられることがありました。
この4か月間、私たちがしたのは、その波に合わせて、食べられるものを探し続けることでした。
- お食事が進まない日は、栄養剤やゼリーに切り替える
- 覚醒が悪い時間帯を避け、目が開いたタイミングで提供する
- 咀嚼が難しい日は、上顎と舌ですりつぶせるゼリー状のものにする
- コップから飲みにくくなれば吸い飲みへ、それも難しければストローへ
- お食事に30〜40分かかっても、声をかけながらお待ちする
飲水量は毎日記録しました。この時期、1日あたり平均で500〜600mL台を確保できています。
点滴は行っていません。口から入っている間は、口から。それが可能な限りの方針でした。
住まいを変えても、法人は変わりません
E氏は、それまで同じ法人のグループホームで暮らしておられました。認知症の方が少人数で家庭的に過ごす住まいですが、医療的なケアの必要性が高まると、対応が難しくなる場面が出てきます。
そこで、看護体制のある当施設へお移りいただきました。法人が同じですので、それまでの経過や、ご本人の好み、ご家族との関わり方といった情報が、そのまま引き継がれます。お移りいただいた当日から、以前の住まいの職員に伺ったご様子を踏まえて記録が始まっています。
「今の住まいでは看取りまで対応できないと言われた」というご相談をいただくことがあります。住まいを変えることが、それまでの関わりをすべて手放すことにならないよう、法人内で受け止められる体制を整えています。
息子様との散歩
この時期、ご長男が頻繁に面会に来られ、車椅子でお散歩に出ておられました。
E氏は座位を取ると血圧が下がりやすい方でした。ある日の記録には、こう残っています。おやつの時間に車椅子へ移乗し、20分間血圧が下がらないことを確認したうえで、ご本人に散歩の意思を確認し、頷かれたのでご長男と出かけられた。散歩中も血圧は保たれ、そのままお食事の時間までフロアで過ごされた――。
「危ないからやめておきましょう」と言うのは簡単です。私たちは、行けるかどうかを確かめてから決めるようにしています。
2月11日、点滴を始めた日
年が明けた頃から、お食事もお水分も徐々に進まなくなりました。飲水量は1日平均で400mL弱まで落ちています。
2月11日、血圧の低値が続いたため、主治医へ報告しました。その日、次の指示が出ています。
1日の飲水量が500mL以下だった場合、輸液500mLを1本投与する。
この日から、点滴が始まりました。毎日の飲水量を記録し、その数字を基準に照らして、その日点滴を行うかどうかを判断します。飲めている日にまで点滴をすれば、体に水分が余ってかえって苦しくなります。逆に、飲めない日が続けば脱水が進みます。
以後、約5か月のうち117日で点滴を実施しました。血管が細く漏れやすい方でしたので、刺す場所を変え、時間をかけてゆっくり落とすなど、その都度工夫を重ねています。
入院に至ることなく、施設の居室でこれを続けました。
264日間の記録
数字で見るケアの実際
| ご利用期間 | 264日 |
|---|---|
| 介護・看護記録の件数 | 1,089件 |
| 体温・血圧などの測定 | 522回 |
| 入浴の実施 | 57日 |
| 施設内での点滴の実施 | 117日 |
| 関わった職員数 | 26名 |
| 救急搬送・入院 | 0件 |
終盤の約4か月半は、1日平均4件を超える記録が残っています。点滴の管理、排泄、口腔ケア、体位変換、皮膚の観察。ひとつひとつが記録として残っています。
「どれくらい生きられますか」
亡くなる1週間ほど前、ご長男が往診の医師に電話で相談されました。点滴を続けるかどうかについてです。
医師の説明は明快なものでした。点滴をやめることはできる。やめれば苦痛は軽くなる。ただし、余命は短くなる。
ご長男はその場で答えを出されませんでした。「自分では判断しかねるので、家族と相談して決めます」と医師に伝え、施設にもそう報告されました。
その2日後、ご長男が面会に来られ、看護師にこう尋ねられました。
「点滴を終了した場合、どれくらい生きられますか」
「点滴を終了した後も本人がしんどそうにしていた場合、他にどんなことをやってもらえるんでしょうか」
看護師はこうお答えしています。医師から施設へ改めて指示が入るので、この施設でできることは、できる限りさせていただきますと。
翌日、ご長男が来られました。「点滴を終了するように先生に伝えました」。そして涙目のまま、管理者と職員に頭を下げられました。
「もし本人がしんどそうにしていたりしたら、またお願いします。ここ数日ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします」
同じ日、往診のクリニックから連絡が入りました。点滴は本日より中止。症状が出れば、飲み薬が使えないので貼り薬や坐薬で対応する。夜間に亡くなられた場合は早朝の連絡でよい――。この内容は夜勤者を含む全職員に共有しました。
決めたのはご家族です。私たちは、決めるまでの時間を急かさず、決めた後も関わり方を変えませんでした。
亡くなる2日前の、シャワー浴
点滴を終了した翌日、看護師からご長男にひとつご提案をしました。血圧が下がっている状態ですのでリスクはありますが、ストレッチャーでのシャワー浴を行いたい、というものです。
ご長男の返答はこうでした。
「ぜひお願いしたいです。父親の時も、自宅で無理を言って、亡くなる数日前に訪問入浴してもらったんです」
状態の変化があればすぐに中断することをお伝えし、ご了承いただいたうえで、その日の午後に実施しました。看護師2名と介護士1名を配置し、実施中は頸動脈の拍動を確認し続けました。チアノーゼも呼吸の乱れも出ず、終了後も血圧の低下はありませんでした。
その後、全身に保湿を行っています。
最期の夜
翌日、朝から血圧が低下しました。ご家族にご連絡したところ、ご長男は「最期まで付き添いたい」と希望され、ご自宅から簡易ベッドを持参して居室に泊まられました。
この夜、夜勤の看護師は数時間おきに訪室し、呼吸の回数、無呼吸の長さ、脈の触れ方、足先の色を記録しています。ご長男が簡易ベッドで休んでおられる時間帯は、状態に変化がないことを確認したうえで、声をかけずに退室しました。
深夜、ご長男から「どんな感じですか」と尋ねられました。看護師は今の状態を説明し、これから無呼吸の時間が少しずつ長くなる可能性があることをお伝えしています。
ご長男はこう話されました。
「僕の理想は、気付いたら呼吸が止まっていたというくらい、穏やかな最期を迎えてもらうことです」
看護師は、現時点で苦痛を伴うような様子はないこと、このまま穏やかに過ごされる可能性が高いこと、ただし最期の経過には個人差があるため変化があればその都度お声がけすることをお伝えしました。
朝、ご家族から「見てほしい」とお声がけがありました。呼吸の停止を確認し、主治医へご連絡しました。ご長男は「もう少し一緒にいて、7時頃に一度自宅へ帰り、8時前に戻ってきます」と希望され、一度ご帰宅されました。
8時2分、戻られたご長男と看護師2名が同席するなか、主治医による死亡確認が行われました。
ご自宅で、一晩
ご長男は、亡くなられた後にE氏をご自宅で一晩過ごさせたいと希望されていました。この意向は、亡くなる1週間前の時点で職員に共有されています。
そのため私たちは、事前に次のことをご相談していました。
- ご自宅で過ごされる際に着ていただく、お気に入りのお洋服や白装束をご持参いただけること
- ご持参いただければ、当施設でお着替えの介助ができること
- お化粧をご希望されるかどうか
当日、職員がエンゼルケアを行いました。清拭と陰部洗浄のあと全身に保湿を行い、ご長男が持参されたお着物にお着替えいただいています。
葬儀社の到着後、ご長男に付き添われて、E氏は当施設を退居されました。
この事例からお伝えしたいこと
1. グループホームで難しくなっても、法人内でお受けできます
E氏は同じ法人のグループホームからお移りになりました。医療的なケアが必要になってグループホームでの生活が難しくなった場合も、看護体制のある当施設へ住み替えていただくことで、それまでの情報を引き継いだまま支援を続けられます。
2. すぐに点滴には頼りません
E氏の場合、最初の約4か月は点滴を行わず、口から召し上がれるものを探し続けました。栄養剤、ゼリー、吸い飲み、ストロー。覚醒の良い時間帯を見つけて提供する。食べられなくなった=点滴、ではありません。
3. 始めるときも、続けるときも、基準を持ちます
点滴の開始は主治医の指示によるものです。E氏の場合は「1日の飲水量が500mL以下なら実施する」という基準をいただき、毎日の記録に照らして判断しました。飲めている日には行いません。
4. 決断を急かしません
点滴を続けるか、やめるか。この決断はご家族のものです。当施設が方針を誘導することはありません。ご家族が医師と相談し、ご家族どうしで話し合い、答えを出されるまでの時間をお待ちします。そして、どちらを選ばれても関わり方は変わりません。
5. 最期の時間に、できることを探します
亡くなる数日前のご入浴も、居室でのご家族のご宿泊も、状態を確認しながら可能な範囲で対応しています。「これはもう無理だろう」と決めつける前に、まずご相談ください。
6. お看取りの後のことも、事前にご相談できます
ご自宅で過ごされること、お召し物、お化粧。ご希望を事前に伺っておくことで、その時になって慌てずに済みます。
よくあるご質問
| グループホームで医療的なケアが難しいと言われました。 | 同じ法人内で、看護体制のある住まいへお移りいただける場合があります。それまでの経過やご本人の好みを引き継いだまま支援を続けられます。まずはご相談ください。 |
|---|---|
| 食事が食べられなくなったら、すぐに点滴になるのですか。 | いいえ。まずは召し上がれるものと、召し上がれる時間帯を探します。栄養補助食品やゼリー、飲み方の工夫などで口からの摂取を続けられる場合があります。 |
| 点滴はどのように判断するのですか。 | 主治医の指示によります。ご紹介した事例では「1日の飲水量が500mL以下の場合に実施する」という基準をいただき、毎日の記録に照らして判断していました。 |
| 点滴を続けるかやめるか、決められません。 | 決断はご家族のものです。当施設が方針を誘導することはありません。主治医からの説明を受けたうえで、ご家族で話し合っていただく時間をお待ちします。 |
| 点滴をやめた後、何もしてもらえなくなるのですか。 | いいえ。症状が出た場合は、飲み薬が使えない状態であれば貼り薬や坐薬などで対応します。清潔ケアや体位の調整、口腔ケアもこれまでどおり続けます。 |
| お看取りが近いとき、家族は泊まれますか。 | はい。居室でのご宿泊に対応しています。実際に簡易ベッドを持ち込んで付き添われたご家族もいらっしゃいます。 |
| 亡くなった後、自宅に連れて帰ることはできますか。 | 可能です。ご希望のお召し物へのお着替えなど、事前にご相談いただければ当施設で対応いたします。 |
本記事について
本記事は、当施設における一事例の記録に基づく報告です。記載内容は個々の利用者様の状態や経過を保証するものではありません。点滴の開始・実施・中止はすべて、ご本人・ご家族の意向に基づき、主治医の判断と指示のもとで行われたものです。氏名・生年月日・住所その他の個人が特定される情報はすべて削除し、ご家族の同意を得たうえで公開しています。共通の倫理方針は研究・実践報告に記載しています。
発行:有限会社たいよう 看多機たいよう堺東
最終更新:2026年9月2日